3という数字

わが家には子供が3人います。
子供の数はその家庭家庭で、家族計画を立てている場合や
子供が好きだからできるだけたくさん欲しいとか、
さまざまだと思います。


私は5人兄弟、夫は3人兄弟で私たちの年代でも多いほうです。
私の実家の父は後継ぎの男の子が欲しかったのに、
3人続けて女の子だった時はがっかりしてご飯も喉を通らなかった
ということをよく言ってました。やっと4人目に男の子が生まれた時は
末っ子長男はよくないと思い、もう一人男の子が欲しいと思ったら
生まれてきたのが私だったということらしいです。
私は姉たち3人のおかげでこの世に生まれることができたと思うと
まあラッキーな人間なのかと思います。


私たち夫婦の場合も似たような話です(以下、少し長くなると思います)


私は子供は2人と漠然と考えていました。
男女はどちらでもいいけれど、一人は女の子が欲しいと思っていました。
夫はとにかく男の子を望んでいました。
一人目がお腹にいる時に、超音波検査で「男の子」と言われていたので
生まれてくる前から夫はホクホクして、
産着関係すべて「青」で準備していました。
昭和63年10月19日の夜に陣痛が始まり、翌朝10月20日の早朝5時、
夫の30才の誕生日に産声をあげたのは、なんと女の子でした。
まあお医者さんも間違えることもあるよね、なにより無事に生まれてきたので
よかったと二人で喜びました。


二年後に二人目を授かったときは、間違えもあることを学んだので
あえて、男女どちらかは聞きませんでした。産着も「青」も「ピンク」も
上の子のお下がりもあるし。
そして12月10日、これは夫の2才下の弟と同じ誕生日なのですが、
夜8時ころ生まれてきたのは、またしても女の子でした。
夫のガッカリしたことは容易に想像できますが、産後夫の私にかけた第一声は
「喜びも2分の1だね」
イヤ〜、私は心の中でこう言ってました。
「せっかくこんな大変なおもいで生んだのに、半分しか嬉しくないとは!
 その言葉は自分が棺桶に入るまで、覚えているからね〜!!」
産後夫の第二声は
「この子は目がくりくりできっと美人になるね、
 結婚には困らないかもね。」
まあ、生まれたばかりの女の子をこう褒めてくれたので、
私も死ぬまで恨んでやろうと思うことはヤメにしました。


その後、二人の子育てに忙しい日々が続き、
上の子が幼稚園に入る頃、夫がこう言うのです。
「もう一人、子供を産んで欲しいんだけど、
 次は男の子が生まれるかもしれないし。」
私は子育ても大変だし、女の子に満足していたので、
3人はいらないと思ってましたが、
夫が最初から男の子を欲しがっていたのを知っていますし、
夫に、3人目を産まないことを死ぬまで恨まれるのもイヤだったので
3人目の子供にオーケーをだしましたが、
3人目も女の子だったら、さらにもう一人産んで欲しいと言われたら
どうしようと心配もしていました。


そして3人目に待望の男の子が生まれて、めでたしめでたし
そういう訳で、わが家の子供は3人なのです。